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08/03/09 08/03/11〜08/03/15 放送 バックナンバー
開業医も勤務医も平等に意見が言える組織を作る!
ゲスト:全国医師連盟設立準備委員会・三輪高之さん


聞き手:鈴木崇司記者
 
勤務医の発言権が弱い日本医師会
勤務医は32時間勤務月5回が当たり前!
医師が救急患者を受けられない理由
医師が病院を辞める理由
「救急崩壊の元凶」低医療費政策の是非を問う!
 近年、医師不足が指摘されています。去年大阪市内で、救急患者が20軒以上病院に受け入れを断られる事例が320件と一昨年の3倍以上に増え、その原因には、病院勤務の医師が減り、救急患者を引き受けられないことが挙げられると言われます。また、病院勤務の医師は、徹夜で丸一日以上勤務するなど過酷な状況で、過労死寸前だとという指摘もあります。
今週は、病院で勤務する医師を中心とした組織「全国医師連盟」を設立する準備を進め、ご自身も病院に勤務されている医師、三輪高之(みわ・たかゆき)さんにお話を伺います。
■勤務医の発言権が弱い日本医師会

 『全国医師連盟』は医師会のような組織とどう違って、何のために作るものなのでしょうか?

 「今までの日本医師会・日本医師連盟(日本医師会の目的を達成するために必要な政治活動を行うことを目的とした団体)の歴史は、戦後に日本医師会ができて、同時に日本医師連盟もできたときに、そのころは開業医が地域の医療を担っていたのです。大きな総合病院は戦後の体制ですし、なかったのです。その中で開業医が中心となって、もちろん当時としては医者が中心となって、団体を作ったのが日本医師会。
 ただ、歴史的な経緯もあって、そのまま開業医が中心とした団体となってしまったという事実があるのです。結局開業医は大きなお金を会費として納めていますし、勤務医の会費等は安いのですが、その代わりA・B・C会員といって、わざと会費によって差別をしていました」


 発言権の大きい人と小さい人がいるという形に?

 「はい、ですから日本医師会や下部組織の地方医師会においても、中心として活動しているのはもちろん開業医です」


 今回の『全国医師連盟』という組織はこれに対してどういう組織になるのでしょうか?

 「全国医師連盟の基本的なスタンスとして、開業医、病院に勤務している勤務医とあと研究医ですね。開業医でも勤務医でもないドクター。休んでいる医者もそうですけれども、日本の国家試験を通った人、何をしているのかは関係なく、平等に参加できる。平等に権利を持って、平等に活動できる、そういう組織にしていこうと。そういうものは今までなかったのです」


 そういうものがなくて、それを作る、または作らなければならなくなった理由は何でしょうか?

 「もちろん日本医師会が今まで開業医の利益のために活動せざるを得なかったという経緯があって、診療報酬の政府との戦いにしてもそうだし、その他の医療政策、政府・厚生労働省が打ち出す医療政策に関して、開業医としての利益を保つ方向でしか提言できなかったという経緯があるのです。それに対して勤務医や研究医も含めて、勤務医は何も言うところがないのです」


 実際三輪さん自身も病院に勤務されている医師ですね。病院に勤務されている医師と開業医では待遇がぜんぜん違うのですか?給与面や勤務面を含めて。

 「勤務医の場合は労働時間が非常に長くなる可能性がある。開業医の場合は自分の収入との照らし合わせかもしれませんが、労働時間をコントロールできるという良さがありますので、バランスが大分違いますよね」


 ということは全国医師連盟という形で今回始める組織では、国の政策とか、日本医師会に対してとか、どういうアプローチで、どういうことを実現するための組織になるのですか?

 「私たちは勤務医の立場を上げて、開業医の立場が下がってもいいとは考えていません。真に求めなければならないことは、日本の医療を良くする。日本の医療を良くすることや初心ですね。患者さんを治してあげたいとか。」


 こころざしですね?

 「ええ、そういう志が良い方が多いのですね。皆さんが自分の力を発揮して、患者さんに喜んでもらって、自分も気持ち良くなれるというと変ですが、良い仕事をしたいと。そのような気持ち・初心がうまく働くように、日本の医療が本当に良くなるようにするために、国や国民の皆様とか、もちろん厚生労働省に対しても提言していく、ということを目的としているのです」

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■勤務医は32時間勤務月5回が当たり前!

 実際に病院の勤務の話でいきますと、救急医療が崩壊している。勤務医が過酷な勤務を続けている。実際の勤務医の状況はどのようなものなのでしょうか?

 「基本的に総合病院の内科や外科、ちょっとハードな医師、多数派ではあるのですが、医師の9時ごろから5時ごろまでの通常勤務の後、夜勤帯に入るのです。当直と言ってはいるのですが、夜勤帯に入って朝まで仕事をして、そのまま翌日も日勤、通常勤務に入る。これが常態化しています。常に、日常あることになっていますので」


 それが例えば月や週で何回なのでしょうか?

 「一般的には大体月に3〜5回。そういう32時間以上の労働をしている人は多いと思います」


 では、休みはどうなのでしょうか?

 「自分の話でちょっと恐縮ですが、僕が若いころ、今もまだ若いのですが、医者になってすぐの研修医やそれに近いころは、年間で1日か2日ですね。ちゃんと休めるのは」


 年間でですか?

 「年間です」


 それは最近のほうがひどいのですか?そういう勤務というのは。昔からそういうものなのでしょうか?

 「ただこれは、昔からだと思います。最近わかってきたというのが本当の正解だと思います」


 救急医療で受けてもらえなくて、患者が何軒もたらいまわしになるという状況が続いていますよね。それが顕著に現れてきたのが2〜3年前からとなっています。2〜3年前からそうなっていることというのは、どうやったら解消できますか?

 「どうやって解消するかということの前に、どうしてそうなったのかと少し考えなくてはなりません。そういう雰囲気が出そうだなと思われてきたのはもう少し前です。5〜6年前か2000年ごろだと思います。
 救急車の搬送が多くなってきて、手が回らない。医師の数、特に勤務医の数が少ない以上、時間外の救急対応は専門外の患者を診なくてはならないわけです。脳外科の医師なのに泌尿器科の患者を診なくてはならないとか。そういうこともあって、無理な状態があふれ出てきていたわけです」


 それが2000年ごろからずっと。

 「そのころから何が変わってきたかというと、インターネットの普及やそれが中心になって情報が、日本全国の他の病院や救急など、いろんな情報が手に入りやすくなりました。これはちょっとおかしいというか、患者にとってもおかしいし、これだけ働いていれば事故は起こるし、事故が起きれば現場の責任になる。
 『医師が悪かった』とか、2000年以降、医師側個人の責任が追及されるようになったのです。」


 いわゆる医療訴訟ですね?

 「そういった経緯があってここ数年までに、一気に『このままではこちらも危ない』と、患者を受けて良心を持って治療しようとしても、何か専門外のことで問題があっても、やはり完璧ではないじゃないですか。専門のことはある程度わかっても、そうでないことはかなり難しい。
 その中で緊急の、急を要する判断をするということに関して、不可能になってしまったのです。それが顕著に出てきたのがここ数年。自分の受けることのできない患者を、責任を持って受けると、裁判で負けているのです」


 患者を受けて自分が専門外のことをすると、自分で最善を尽くしたつもりでも?

 「裁判では負けてしまうという状況が散見されています。いくつかの裁判では、(患者を)受けた側が悪いと」


 (患者を)受けるから悪いと……

 「そうです。責任が取れないのに(患者を)受けたからいけないとか、良心を持ってやっていても、それは(患者を)受けたほうが『できないのに受けたからいけない』と」

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■医師が救急患者を受けられない理由

 「元々医療というのは、完璧はないのです。例えば手術を30年やってきた医師がいる。その医師は完璧かというと実は違うのです。まだまだ研鑽しなくてはならないし、20年目の医師の方ができないかと言えば、若さもあるというメリットもありますからね。
 それぞれの立場でできることというのは、ある程度最低限のレベルは保障されるべきだとは思いますが、ただ患者や国民の皆様の考える医療レベル・医療水準と、医者が実際に働いていて、どれだけがんばってやってきても、これだけ覚えてきても、レベルの差というものは必ずあると思います」


 僕ら患者になるべき人間が、医師に診てもらったら『これくらいのことはできるだろう』と期待していることと、医師ができることを比べたら、医師ができる技術は僕らが思うほどの技術を持っているわけではないということですか?

 「大体正しいと思います。大体と言うのは、実際には患者・国民の皆様が思う医療レベルという設定自体が、かなり間違っている可能性もありますよね。患者は良い方に考える傾向が必ずあります」


 治りたいですからね。

 「もちろんその通りです。それ自体悪いことではない。ただ、医療の限界といって、マンパワーにも限界があるし、最低限のレベルは、皆さん救急をやっている以上、私もそうですが、学ぶようにはしてきました。少なくとも1分1秒を争わなくてはならないという場面でできる自信はあるのです。だからやっていましたしね。
 だけれどももう少し先の段階、最低限の処置をした後、もう一歩何かやらなくてはならないというところはできないのです。それは、患者は病院に来れば、たちどころに病気の原因がわかり、その上治療がたちどころに進み、良くなると理想論も含めて思っている節があります。
 ところが医師からみれば、診断はとても難しい。会った瞬間にわかるなんていうことは決してない。1年掛かってわかることもありますしね。わからないこともあります。その中でベストを尽くして治療していっても、病気そのものが重ければ、患者が亡くなることもあります。後遺症があることも、それは当然だと思っているのです」


 やはり、患者と医師のギャップ、それこそ裁判で言われているように、『責任を持てないのに(患者を)受けるのが悪い』というのが、10件・20件と重篤・重症な患者が受けられなくなる理由なのですか?

 「理由の1つだと思います」


 でも患者の側から言うと、こういう状態だということが救急車から報告がいきますよね。医師は(報告を)受けます。自分が(この患者を)受けなければこの人は死ぬかもしれないと思っても、受けないのですか?

 「現状であれば、(救急患者を)受け入れないと言って他の病院に行ったりする時間がかかれば亡くなるかもしれない、ということは頭にはよぎるかもしれません。ただ、救急隊との電話のやり取りで、現場の状況はわかるとおっしゃっても、実際はわからないのです」


 診ないとわからない?

 「本当にわかりません。軽症のイメージで重症のこともありますし、実際に救急隊がこう言っていたけれども、来てみたら全然違うじゃないかということがいくらでもありました。そのことを医師は経験しているのです。患者から見ればそれは10年に1回起こった事故や病気かもしれない。『お腹が痛い。何で助けてくれないのだ』と思うかもしれないけれども、医師や病院から見れば、いつもそういう人を受けているわけですから」


 確かにそうですよね。受ける側は(重症患者を診ることが)毎日ですからね。

 「だからある程度防衛的になるということも、私は意識としてよくわかります」

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■医師が病院を辞める理由

 昨年12月に大阪府富田林市で36回目に病院への搬送が受け入れられた患者がいて、その方が翌日不幸にして亡くなるということを大きく報道したのですが、この断られたうちの29回が『処置中』ということになっています。他の患者を診ていて、その患者を診ることができない。

 「ありえますね。実際に私が救急外来で、救急車を受ける仕事をしていても、ずっと外来(患者)が続いていると、救急車も受け入れないという話になります。結局、目の前の患者を差し置いて救急車を受けるということも、本当にそれが正しいのかという話になるのです。
 もちろん救急車だから重症の患者が多いであろうから、受けることを最善にしなければならないということもあるかもしれません。でも、そのときに患者が目の前で亡くなることもあるのです」  


 容態が急変して?

 「実際に僕の目の前で普通に歩いていた人が、いきなり亡くなったことがありました」


 そうなんですか!

 「結局、救急車に手を回していたせいだと言われると、手がないのです。だから順番になってしまうのです」


 なるほどそういうことなのですね?

 「目の前に患者がいて診察・処置をしている状況で、(救急車を)受け入れないということはそれなりの正当性があるのです。 だから、(医師の)絶対数が少ない。特に勤務医の絶対数が少ないということは、その通りだと思うのです」


 それこそ、勤務医の数が、特に二次救急を受けられる病院や、地方の公立病院から医師がいなくなるという状況が、近年深刻化しています。これはまずどういった理由なのでしょうか?

 「1つはやはり過酷な勤務状況です。もう1つは救急を受けていると、救急車や時間外の救急対応をしていると、重症の患者がどうしても増えます。自分の専門外の患者も診なくてはなりません。そうすると手が回らない、自分の力が及ばない、自信のないこともしなくてはならないとか、いろいろな自分の中にも不安がありますよね。それを医師のせいにされてしまうという状況も、この数年で育ってきているのです。
 以前はあまりそういった状況が表に出なかったのは、たぶん患者から感謝されていたのです。文句や批判的な言葉は少なかったと思うのです。患者も我慢したとか、順番を待っていたとか。ここ数年はそういうことに対して、病院や医師に責任があるのではないか、という批判が増えました」


 勤務医(の1人)が抜けても(=退職しても)、自分の同僚の医師がもう1段階悪くなった環境で救急を受けなければなりませんね?

 「状況は必ず1段階悪くなりますね」


 そのことをどう考えて抜けるのでしょうか?

 「同僚の皆さんはご家族もいて、私の例ですけれども、1年にちゃんと休むことができるのは1日か2日しかないということになってくると、家族が納得しないわけです。同僚を大切にするか、家族を大切にするか、どちらを取るかと言われるとやはり家族ですよ。
 もちろん、社会的に、あるいは病院の中で立場上、この立場を守らないと患者も困る、という状況があっても、やはり最終的に家族を守るためには仕方ないと考えてしまうのではないかと、僕は聞いている話から思います」


 難しいですね。やはりそれは医師が悪いのではなくて、病院が悪い?

 「僕は病院のせいだともあまり考えていません。根本は国や政策の問題だと思います。国民の医療費を下げようという動きがずっと続いています。やはりお金が下がれば(医療の)レベルが下がる。低医療費でやろうと思えば、低医療費なりのことしかできなくなる。マンパワーも使えないという状況になってきています。特に公立病院は顕著だと思います。
 例えば、僕の個人的見解として、地方に医師が行きたくないのであれば、行きたくなるための政策を国がやるだけで、全く変わると思います。国がもう少しお金を使ったりして、たいした額ではないのです。1人医師を連れてくるのに、道路を造るのと比べてどれだけ安くすむのか。金額は一般の人が見るとびっくりするくらいの差があるのです。
 道路を造るのであれば、地方の医療現場で働きたい、田舎で働きたいと思っている医師も結構いるので、そういう人が働きたくなるような環境や提案を、国や行政がしていくだけでも状況は全然違います。
 こう言ってはなんだけれども、(医師の)皆さんは医療に対して結構真面目なのですよ。患者が喜んでくれるのがうれしいとか、自分は僻地に行って働きたいとか、そんな人がいくらでもいるのですね」

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■「救急崩壊の元凶」低医療費政策の是非を問う!

 大阪は救急医療が崩壊に近い状態になっています。特に大阪の南部はそうなっています。少なくともそれは何とか解決してほしいと、みんな思っていますね。やはりそれにはお金がいる。医療費を大きくしようということは、三輪さんが始められる全国医師連盟の提言の中にあるのでしょうか?

 「それは入れています。全国医師連盟の方針の柱として、1980年くらいから続いている低医療費政策、そこに対しての提言ももちろんしていくつもりです。医療費が下がれば、安かろう・悪かろうということにもちろんなりますので、人が雇えない。患者を診ることができない以上、みんな待つしかできないわけで、待っている間に患者が亡くなるかもしれないし、とにかく責任を持った良い医療をするためにはある程度のお金はどうしても必要だと思うのです。
 大阪府南部の話を聞きますと、その地域に限定された話ではないとは思うのですが」


 いまや大阪全域と考えていいでしょうね。

 「病院があって、医師がいて、患者がいて、その中でお金はない。お金がない以上何もできない。お金がない以上良い診療もできないから、例えば病院に入るお金が少ないと、削られるところがあるのです」


 どこですか?

 「私が総合病院で働いているときも、夜間の薬剤師がいないのです。検査技師、レントゲン技師もいないのです」


 レントゲンを撮ることができない?

 「そうなんです。それは雇うお金がないからです。お金がなければマンパワーが無くなります。私としてもレントゲンを撮らなければならない患者は受けることができないのです。無責任になってしまうから。
 だからお金をある程度投入するというのは、個々の人の待遇、例えば救急担当医の救急に対する評価を良くするという意味でお金を良くする。そのことで医師を集めることが可能だと思うのですが、そこだけではないのです。
 病院にもお金の余裕がないと、夜間・緊急のことに対して、そこは夜間だとあまり患者が来ないからお金を使えないということになってしまうと、安全保障という意味ではダメですよね」


 夜間は医師のみがいればすむというわけではない。

 「全く違います。救急医療に関するお金の実態というのは、健康保険の中でお金を払う側の設定は『点数』と言って決まっています。救急医療をやっていると、点数が非常に安いので、必ず赤字になってしまうのです。
 救急医療はスピードが求められていて、かつやることが多いのです。検査を一気にしますので。緊急でやるのでお金がどうしてもかかってしまうのです。 そこに関して国がお金を払うことを認めていないものだから、やれば赤字になるのです。患者からお金はとることができません」


 では救急はやりたくないですよね?

 「病院の経営としてはたぶんやりたくない」


 そういう部分にお金が投入できるような医療費や救急病院補助というお金は?

 「必要だと思います」


 それをやはり全国医師連盟としては提言をしていくと(いうことですか)?

 「もちろんそうです。救急だけにという意味ではもちろんありませんが、医療に関する、お金のかかることに対しては今のままでいいのか。お金を入れろということを言っているというよりも、今のままでいくのがベストか、もっとお金を使って、医療というのは結局健康を守るという安全保障なので、こういうことにお金をかけていくことが正しいのかということを国民の皆様にも考えていただいて、きちんと国の方針として決められるように提案していきたい。そこは積極的に言わなくてはならないと思います」

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