| 聞き手 |
でも勘十郎さんにその気がなければ、お手伝いが終われば、またマンガ好き少年に戻るはずやったのに、そうやなかったんですね。 |
| 勘十郎 |
そうじゃなかったんです。大阪の公演だけ学校が終わったら手伝ってねという約束やったんですけども、千秋楽が近くなるとみんなから「また来てな」「次もまた来てな」と言われて、うどん食べさせてくれて...。道頓堀の更科で、「うどん、好きなやつ何でも食べ」とかね、お菓子くれたりね、なんやかんやいうては...。いまではそんなことではちょっと、釣られへんねんけど当時としてはね、なんかみんな妙に優しかったですね。 |
| 聞き手 |
こいつは離したらあかんぞというのがあったんでしょうね。 |
| 米朝 |
いやほんまに、ほんまに若い人おらなんだから。 |
| 勘十郎 |
僕らから一番近い先輩までというとね、10年空いてました。その間に入ってきはったらしいんですけども、辞めはったりして。だからもうみな10年選手の足遣いばかりで。だから次ぎ入ってきいへんかったらいつまでも足遣いですから、あの時妙に優しかったんはそういうのもあったんでしょうね(笑)だから次も行きました。 |
| 聞き手 |
徐々に好きになっていったんですか? |
| 勘十郎 |
そうです。それは一番近くで動くのが足なんでね、その足がね、先輩がすごいんですよ。生きてるんですよ、足が。 |
| 米朝 |
足が... |
| 聞き手 |
あれは足を動かしてるだけではなくて、足拍子を踏むんですよね。 |
| 勘十郎 |
足拍子を踏みながら、苦しい格好でね。 |
| 聞き手 |
うずくまるような格好で... |
| 勘十郎 |
それが面白うて、なんであの足が人間みたいに動くんやろというのがね。ああいうの早くやってみたいとね、だんだん芽生えてくるんですよ。それが半年ぐらいやってると、だんだん自分に向いてるんやないかなとか。今はこうやって人前で喋ってますけども、当時恥ずかしがりやで、自分でじっとマンガを描いてるのが一番こう、性に合うと言いますかね。人前で何かするとか喋るていうのはとんでもない話しだったんです。 |
| 聞き手 |
ということは黒衣を着て人形を遣うことは、自分に向いてるかなと思い出したんですね。 |
| 勘十郎 |
黙々と足をね...。職人さんの仕事は好きやったんです。人形遣いもそういう一面があるんで...。もう中学3年生になりましたんでね、いよいよ進路を決めないかんのでちょっと悩みましたけども、人形遣いやってみようかなと... |
| 聞き手 |
お父さんが「やれ」と言うんやなしに自分から... |
| 勘十郎 |
ええ、一切何も言わなかったですね。ただ進学のことがあるんで、「高校行くのか、どないすんねん。高校行くんならもっと勉強せなあかん」そういう話はしたんです。その時はもう決まってたんで、迷わず「人形遣いやりたいです」と言いましたんで...。で夏に「そしたら師匠、決めないかん」ということになりまして、僕はどこに行くとか言うのは分かりませんので、父が決めてくれたのが今の、蓑助師匠なんですけどね。 |
| 聞き手 |
蓑助師匠には、お弟子さんはいらっしゃったんですか、その時? |
| 勘十郎 |
いや、初めての弟子です。 |
| 聞き手 |
惣領弟子ですね。 |
| 勘十郎 |
師匠、若かったですからね、当時33歳でしたかね。 |
| 聞き手 |
ちょっと(資料を)拝見しましたら、最初お断りになったそうですね。 |
| 勘十郎 |
ええ、見事に断られました(笑)で、親と蓑助師匠の間で何回か会ったらしい、結果許可されまして、「じゃ、預かりましょう」ということで、入門を許されたんです。 |
| 聞き手 |
それが昭和42年... |
| 勘十郎 |
7月ですね。 |
| 米朝 |
蓑助さんの方は若手の一番の有望株で注目されてましたからなぁ〜 |
| 聞き手 |
でも入門しちゃうと全然違いますでしょ。 |
| 勘十郎 |
違いますねぇ〜。で、名前を付けて頂いて、そのときに『蓑太郎』という名前を頂いて、中学生を上がる(卒業)までは研究生、見習いですね、見習いで通うたんですけども、だんだんと今まで優しかった人が...(笑) |
| 米朝 |
(笑)まそれはプロになったからね。 |
| 勘十郎 |
それは感じましたね。妙に優しかったお兄ちゃん方はどこに行ってしまった(笑) |
| 聞き手 |
(笑) |
| 勘十郎 |
態度が違うやないかというような。やっぱり厳しいんですかね。 |
| 米朝 |
そりゃそうですわ。 |
| 勘十郎 |
お手伝いに行ってた頃は少々失敗しても怒られませんでしたけど(笑)名前がついて入るということになるとね、やっぱり厳しかったですね。 |
| 米朝 |
そうですわ。 |
| 聞き手 |
また文楽の修行というのは殊に厳しいと聞いてますからね。 |
| 米朝 |
それでも昔のこと思うたら、優しいもんやというなことやったやろと思います。 |