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スペース 3月4日第95回
〜今週の米朝よもやま噺は、二代目桂三木助についてお送りします。二代目桂三木助は明治17年生まれ。二代目桂南光、後の桂仁左衛門に弟子入りし、満9歳で初舞台、22歳で二代目桂三木助を襲名。大正から昭和の初めを代表する、上方落語の名手として寄席を賑わせました。聞き手は大阪ABCラジオのプロデューサー、市川寿憲です。2月13日ABCのスタジオで収録しました。〜
聞き手  前回、立花家花橘師匠の懐かしいレコードを聞いて頂きました。
米朝  そうです。ほんまに珍しいものをね...。
聞き手  今回は、二代目桂三木助さんのレコードが残っていましたので...
米朝  あの人のは、たまには残ってますけどね...
聞き手  今日は三木助師匠の『動物園』
米朝  あ、『動物園』。それが不思議でしょうがない。『動物園』があるって、これは仰天しますな。
聞き手  明治17年のお生まれで、亡くなられたのが昭和18年12月ですから...
米朝  ははぁ〜、そんなもんやろな。
聞き手  まだ59ぐらいですね。
米朝  えー
聞き手  この方の日露戦争にいった軍服姿の写真がよく残ってますよね。愛らしい顔の...
米朝  いや...(笑)若かったんやろうなぁ〜
聞き手  師匠がお聞きになってた時はもう大御所で...
米朝  戦時中やったしね、ようやってはったのが、『佐々木裁き』
聞き手  お得意やったんですか?
米朝  まぁ〜得意やったということと、シャレの通らんお客にも、あれは筋のある噺ですからな、ちゃんと聞かせられる噺やから...。何せあの人、花月で25分の持ち時間でね、20分喋って、後の5分は踊るようにあてて、必ず踊った人でしたな。
聞き手  どんな踊りを憶えてはります?
米朝  固い踊りをね、いわゆる『奴さん』とかというんでなしに、ちゃんとした、軽い端唄の洒脱なもの、滑稽なものそんなもんでないものばっかりをね。だからちょっと題を言うてもろうても、分からんような...。そんなものを一つ踊って、あとそれこそ『奴さん』的な軽いものをちょっと付けるというような...
聞き手  へぇ〜。ネタは『佐々木裁き』以外にどんなものをお聞きになっています?
米朝  『みかん屋』をね、聞いたんやけど、よく憶えてないんですよ。で、東京に長くおった人でね、東京のネタなんかもたまにやってたらしい。
聞き手  記録を見ますと、『菊江佛壇』『箒屋娘』『ざこ八』が良かった...
米朝  そういうことらしいんやけどね、そういう大ネタには私は一つもぶつかってないんです。
聞き手  これもたんなる受け売りですけど、『ざこ八』の魚屋が来て喧嘩の仲裁をする、魚屋が入ってきたときに鯛の頭をこう...
米朝  運んで入ってまた持って出て、手カギでね鯛の頭をポン、ポンってやると、頭が崩れてしもうて、手カギが引っ掛かれへんというところがおもろかったそうですね。
聞き手  そういう逸話が残ってますけど。その人情噺がお得意であった三木助師匠の『動物園』を
米朝  なんでこんな噺をレコードに入れたりしてんのかと思うてね。
聞き手  じゃ、ちょっと聞いてみましょう。
  (レコードから二代目桂三木助師匠の『動物園』を)
米朝  いや〜、これはほんまに珍品ですな。こんなんやる人やなかった...
聞き手  (笑)これは昭和10年ぐらいの音やそうです。でも10年言うても大家ですよね、こちらとしては。
米朝  そりゃそうです、レコード入れるということはね、そうそう入れてくれなんだし。だいたい東京の人はわりと注文があったんか入れてますけどね、関西の、本当に珍しいですな。また三木助ぐらいな大きな看板の人やさかい、残ってるんでっしゃろな。

〜後半は大阪のキタとミナミにあった花月の話から、そこで活躍した落語家の話で盛り上がります。〜
聞き手  キタの花月(花月倶楽部)とミナミの花月(法善寺花月)最後まで落語をちゃんと...
米朝  やってたんですよ。ミナミはね戦争が激しなってから、閉鎖になりましてな。
聞き手  閉めたということですか?
米朝  小屋が無くなってしもうたかどうか、閉まってるのは見た記憶があるんですよ。林正之助会長に、「あれは潰したんでしゃろか、焼けるまであのままだったんでしゃろか?」と聞いたら、ちょっと思案してね、「あれは潰す予定やったんやけど、潰さずに焼けてしもうたんやろと思う」そりゃ空襲でみな一面に灰になったんですけどね。ミナミがそうやって潰されることが決まっても、キタは焼けるまで残ってましたな。花柳界のところにあったんですよ。
聞き手  今の北新地の中にあったんですよね。今いくとどこにあったか分からないですよね。
米朝  もう分かりまへんわな。
聞き手  お客はどれぐらい入るような小屋...
米朝  それは昔の寄席は2階も入れたって200〜300でしょ。
聞き手  でも非常に贅を尽くした作りの...
米朝  なかなか、ええ小屋やったと思いまっせ。桟敷があってね。あれ誰やったか言うてたな、「やっぱり南北の花月は、お茶子の足袋の足の裏の黒いてなことはなかった」
聞き手  普通の場末はちょっと汚れてるけど。師匠、姫路に帰らないかんということはキタの花月の方によく行かれた?
米朝  いよいよ押し詰まったらミナミは閉鎖しましたからな。キタはギリギリまで営業してたと思いますわ。

聞き手  落語と漫才の割合はキタの花月はどうだったんですか?
米朝  キタの方が落語が比較的多かったと言われてましたけど、それはね、噺家はあんまりウケへんし、年寄りばっかりやしね。それと漫才は慰問で忙しいてな。
聞き手  なかなか定席に出るような暇もなく...
米朝  そうやったと思いますわ。でもやっぱりキタの方が落語の本数は多かったように思います。四本くらい出てたように思いますわ。トップは小雀さんと言う人がね...
聞き手  ヘタリの小雀さん
米朝  だいたいが法善寺の方のヘタリやったんやけど、ミナミが無くなってキタ1軒になったら、やっぱり小雀さん、出てましたよ。鳴り物はうまかったそうですな。
聞き手  やっぱり、叩き?
米朝  ちょっとだけね、やっぱり叩いて喋ってましたよ。そうやな、ちゃんとしたネタなんかやらなんだな〜。もうぼやきみたいなこと言うたりね。
聞き手  へぇ〜、いわば座って漫談してるみたいなもんですか?
米朝  まぁ〜そうですな、たまにちゃんとネタやったこともありました。そんでももう力入れてやりおれへんしね。
聞き手  (笑)
米朝  年がら年中ヘタリやし
聞き手  その師匠に取ったらたんなる15分なんかも分かりませんしね。
米朝  そうですな。15分か20分か...。出方の手が足らんから、長い時間持たされてたんかも分からん。

聞き手  師匠、キタの花月で他に噺家さんはどんなを?
米朝  そりゃ〜もう、落語をね、五代目松鶴、(首つりの)圓枝さんね、『夢八』が得意やったね。圓枝さんが『碁打ち盗人』という、云わば『碁泥』やね、これを30分近くやって、私これはええもん聞いたと思うてね。途中ぐらいまで来るとお客がドンドン付いてきてね、ようウケてましたよ。あの人の長いもん聞いたの、その時ぐらいかな。
聞き手  あとだいたいその『夢八』ですか?
米朝  『夢八』もね、手ぬぐいを輪にしてね、首の下へ吊るしてみせた...。その映像はなんか記憶にある。あれは昔、浅い出番のときに来て、聞いてるうちに降りてしもうたんやと思うんですがな。なんと言うたってこじんまりとした場所ですからな、雰囲気があったですな。

聞き手  あとは師匠がよく仰る、立花家千橘という方がお上手やったと...
米朝  千橘さんはね、かなり奥に出てましたから。ちゃんと一席やって、あと踊ってね。25分ぐらい割ってあったんかなぁ〜。上手かったですよ、この人は。
聞き手  ネタは何か憶えてますか?
米朝  『たちぎれ』も聞いたしな。わしが東京で小文治さんの『たちぎれ』聞いてよかったということ言うたら、対抗意識があったのか、その日『たちぎれ』やってね。
聞き手  あ、楽屋でその話しをされたら、俺のを聞いてみいと
米朝  まぁ〜そうですな。トントンと前を刈り込んでね、下げまでやって...。
聞き手  『たちぎれ』がええというのは、よほどお上手なんですね。
米朝  その『たちぎれ』を聞いたぐらいで、他はあんまり聞いてないんですけどな。だけどうまかったということを言うてました、古い人はね。

聞き手  あと、枝鶴になってお亡くなりましたけど、花柳という方もうまかったんですね。
米朝  うまかったですな。あの人はね、『馬の田楽』やとか『正月丁稚』やとかいくつか聞いてますわ。
聞き手  でもわりに浅かったんですか?
米朝  そうやね、真ん中より前ぐらいですわ。
聞き手  あとは文次郎という方は見てませんか?
米朝  見てますけどね、文次郎はんはね、身体も弱ってたんかな。ちゃんと聞こうと思うてんのに、出なんだりね。
聞き手  あ、出番があるのに。
米朝  体調の都合で誰か...。もちろん変わりに漫才か誰かでたんやけどね。圓枝さんも浅かったですな。三つ目か四つ目ぐらいなもんですわな。全部で14〜5本出てた。本数はね。
聞き手  そのうちの4本ぐらいが落語というわけですね。
米朝  ま、そんなもんですわな。前座の小雀さんが、それからその時分は五代目松鶴師匠。それから千橘っつあんなんかが、間に入ってましたな。
聞き手  その時のトリは落語ですか?
米朝  いや漫才です。もちろん昭和の14〜5年ぐらいから、ま、(柳家)三亀松っつあんなんかはね、トリで出ましたけどな。
聞き手  その時の漫才のトリはどなたが?
米朝  雁玉・十郎とか、静代・文雄。
聞き手  都家文雄・静代。ぼやき漫才で有名な。
米朝  橘家太郎さんとかね。彦春・太郎。それから三味線の曲弾きみたいなので、賑やかにね3人ぐらいが三丁ぐらい三味線弾きまくって賑やかにばらしにするとか。
聞き手  戦後の音楽ショーでトリ取るようなもんですね。
米朝  まぁ〜そんなもんやね。やっぱりキタとミナミと2軒、代表的な小屋がありましたからな。その時分としてもええ顔ぶれ、並べてましたよ。噺家は五代目ぐらいしかおらなんだけど。
聞き手  入場料、木戸銭は高かったんですか?
米朝  1円から1円20銭とか、そんなもんやったと思いますよ。昭和17〜8年になるとね。
聞き手  入って、お茶子さんになにがしかということはなくていいんですか?
米朝  もうそれはね、もちろんそんなお客もありますけど、私ら学生みたいなもんやしね、向こうも貰おうと思ってへんけど、それでも一々小さい座布団持ってきて、置いてくれる。でお茶を注文したら、小さいお盆の上に急須と湯のみとのせてね、持ってきてくれます。私ら学生やからそんなんせえへんけど、そういうふうに持ってきたらやっぱりみな...
聞き手  渡しますはね。少しはね。
米朝  あの時分やから10銭ぐらいやったんやろうけどな、小さな封筒に入れたり...。何にしてもそうやな〜、昭和19年ぐらいになると、あんまり入りもようなかったと思いまっせ...
聞き手  そうですか。ま時代としてそんなとこに...
米朝  そうや。ま、顔ぶれにもよるんでしょうけどな。常連のお客なんかも、お茶子も決まってるのがあってね。飛んでいって世話を焼いて、なにがしか貰うんやろうけど...
聞き手  そうですね、私のお客さん取らんといて、みたいなもんですわね。
米朝  う〜ん、そんなことせえへん...
聞き手  そうですか(笑)
米朝  取ったりはせえへんけど、「今日、おとみ休んどるんか?」「お休みでんねん」そんならそれに祝儀をやって、「おとみに渡してやってくれ」ちゅうて、別に出すお客もあったそうです。お客も律儀なもんや。
聞き手  そうですね。キタの花月は夕方始まりの夜終わりですか?
米朝  そりゃそうですよ。だいたい5時頃から始まる。でも終演がね、やっぱり戦争の影響で9時に終わらさないかんとか、いうなことになってたらしいです。
聞き手  ということは9時でも早い終わりだったんですね、当時は。
米朝  そうなです。本当は10時ぐらいまでやってたんやろうけどね。やっぱり2足から3足やな、お客さんの数としてええのは・・・。
聞き手  200〜300ですね。
米朝  そうですな。お客の定員というのがね。

聞き手  師匠、この間、新歌之助さんの襲名で天満天神繁昌亭に口上でお出になって、いかがでしたか、あの小屋は?
米朝  あの小屋はええ雰囲気やと思います。まだあそこで一席喋ったことはないんやけど、やりよいと思いますよ。
聞き手  お客さんが連日よく入ってるみたいですから、ありがたいことですね。
米朝  そうなんや。やはり場所がよろしい、天神さんやからね。境内やからね。どういう契約であそこ借りたんか知らんけども。まぁ〜天神さんかて、もちろん地代は取るやろうからね。で、あの辺の商店街の人にちょっと聞いたら、「やっぱりこういうのは出来なあきまへん」言うてな。商店街の方も喜んでるそうです。
聞き手  そうですね。特に天神橋筋商店街は北の方ははやってるんですけど、天神さんの方はなかなか人通りが薄かったんで・・・。
米朝  そうらしいね。ちょっと割り食ってたらしいですね。それでえらい喜んではるそうでっせ。
聞き手  ただ毎日のことなんでね、ある一定のレベルを維持しながら寄席の興行を続けることが...
米朝  これがね、いつまで続くか。今はよう入ってるそうですけどね。
聞き手  でもなかなか、お叱り受けるかも分かりませんが、色物を入れるとね、普通の寄席の興行と同じだから落語ばっかり並べないかんとか、そういう制約があるみたいですね。
米朝  詳しいことは私も知りませんのやけどね、何とか今はお客さんが来てるから、みな結構なこっちゃと言うてますけど、どうなるかな。せやけどそれはやっぱり出演者の都合もあるやろし、入場料なんぼ取ってるのかな?
聞き手  2,500円ぐらい...
米朝  そんなもんやったと思いますわ。
聞き手  でも、悪い団体にあたるとなかなか困るみたいですよ。
米朝  さ〜、そうなるとね〜、やっぱり出し物も考えないかんのやけどな。
聞き手  この間、笑福亭鶴光さんがたまに大阪に来られるときに出番が割ってあって、女性の看護士さんの研修生の団体やったんですって、くすんとも笑ってくれへんかったと言うてはりました(笑)いっぱいなんやけど、全然空気が読めなかった言うてはりました。
米朝  ま、そうやろうな。それも大阪やなしに地方から来たんでしょうな。それは昔から、「今日はどんなお客、え?」「何々の団体」「うわぁ〜」言うてみな頭抱えること、あったらしい。
聞き手  よう昔、角座でも覗いてはりましたね、出番の前ね。
米朝  角座なんか特に団体が多かったさかいね、みな陰から見たもんです。
聞き手  でも何とかみんなの力で...
米朝  いや、ありがたいこってすわ、天神さんの寄席にようお客さんが入ってるのは、本当に。

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扇子

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