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スペース 1月21日第89回
〜今週の米朝よもやま噺も、一門の若旦那、桂小米朝さんが師匠のお相手を務めます。聞き手は大阪ABCラジオのプロデューサー、市川寿憲です。1月10日ABCのスタジオで収録しました。〜
聞き手  最近よく夜のお酒のお供を、お家でされてるように伺っていますが。順番なんですかあれは?
小米朝  そうですねぇ〜、去年の夏、うちの親父が骨折をしてからなるべく誰かが付いていようということになりましたんで、もちろんうちは僕が長男で、下に次男と三男、双子がおります、透、渉がおりますんで彼らも時間が空いてたら泊まりにきたりだとか、もちろんお弟子さん、先輩後輩、孫弟子さん、適当にみなお酒の相手をしながらいろんなお話を聞いたりだとか、はい。
聞き手  で、また米朝師匠がすごいのが、朝起きて「今日はステーキ食いたい」と仰るときがあるじゃないですか。
小米朝  これは今年になりましてですね、1月2日、3日とヒルトンホテルでの一門会が終わりまして、かなりお疲れやったんですよ。ところが5日の日に歌之助襲名口上がありますから、これにはぜひとも来てもらわんいかんというんですけども、なかなかお越じゃなかってですね...
聞き手  あ、5日の日ですね。
小米朝  結果、團朝君が抱えるように連れてきて頂いて、ほんなら普通に喋ってはって、それで打ち上げの酒もご機嫌で飲みはって...
聞き手  (笑)
小米朝  それで「明日近江八幡やで、一門会。大丈夫かな」って言ったら、あのニューミュンヘンで鶏の唐揚げを3つほど食べて、それでご機嫌で12時に、こてんと寝はって、ず〜っとその日は寝てはるんですよ。12時間寝はったんです。
聞き手  お昼の12時まで...
小米朝  もちろん憶えてはりませんよね、そんなことは(笑)
米朝  憶えてない。
小米朝 寝てはるから。で12時で、もうええ時間やから、起こさなあかんけど、無理やり起こして、まだお疲れ残ってたらあかんから...って思ったときにふっと目覚ましはった。「あ、起きてきはった」そのときの一言「ステーキ焼いてくれ」
聞き手  (大笑)
米朝  ほんまかいな
小米朝  いや、ほんまですよ。ほんでもうMAX VALUが近所に出来たんで買いに行きましたよ、ステーキ。それを食べて近江八幡へ行ったらその時は『始末の極意』を。今井社長からメールが入りました。「今日の米朝師匠どうされたんでしょうか?非常に調子よくトントントントンと行って大爆笑です」12時間寝て、ステーキ食べたらやっぱりそりゃいいですよね。81歳で12時間寝るっていうこと自体...なんでそよないに寝られるんですか?寝るのにもエネルギーがいるんですよ。
米朝  確かにそうやと思うな。
小米朝  僕この頃4時間ですぐ目、覚めるんです。12時間続けて寝るなんてことは48やけど、出来ないんですよ。
聞き手  寝るって、疲れますよね。僕も同い年ですけど。
小米朝  そうでしょ。81で12時間続けて寝てはるんですよ。
聞き手  でも入院してはった時は喋りも元気でね、あの時もちゃんと寝てはったでしょ?
小米朝  病院に入ったからもうお酒は飲めない、煙草は吸えないと諦めたからね。でも退院の日から飲みはりましたから。まぁ〜でも、もうお酒もタバコもええですよね。お好きなように...
米朝  う〜ん、どっちみちもう...
聞き手  そりゃ僕も思います。別に81も2にもなって、無理せんでもね。
小米朝  ただただ後は、後進の育成といいますか、ひとつのは京都の金比羅さんの勉強会。この間久しぶりに来て頂きましてみんなすごく嬉しかったそうですけど、あれには、必ず来て頂きたいと思います。
聞き手  それはやっぱり米朝師匠が袖で聞いてはるというだけで、やってる人間の気持ちが違いますよね。
小米朝  もうひとつお願いするとしたら、聞いて頂いてるときに万年筆でもボールペンでもええから、みんなの批評を書くことを復活さして頂きたい。あの批評この頃ないんですよね。
米朝  う〜ん
小米朝  で、あの批評、一番最近貰うたの誰だっていったら、林家正蔵なんですよ。こぶ平改め正蔵。
聞き手  (笑)
小米朝  彼が最後に批評を受けた人なんです、今のところ。
聞き手  へぇ〜...
米朝  へぇ〜...
小米朝  それで「わしはもう稽古せえへんのや」というのを無理矢理、武庫之荘の家へ彼が来てですね、「師匠、『一文笛』憶えましたんで聞いてください」って頭下げて、彼も真面目ですから、「ほんなら聞く。やってみい」って言って『一文笛』の稽古が、あれは久しぶりでしたよ緊張感がありました。まだこぶ平時代でしたかね。ほんなら米朝師匠がおもむろに紙を広げて、ボールペンを走らせるんですよ。後から彼に聞いたけど「もう、あの仕草で、僕もう、何を言ってるのか分からない、すごく緊張した」って言うたから、「いや、ええでぇ。あんた。そんな、僕ら今そんなんやってもらえへんねんでぇ。すごい貴重や」「だから僕はね、師匠に言ったんだ。“その紙頂けませんか”」「こんなもん欲しいんかいな?」批評言うた後ね「いやその紙は貴重ですから頂きたい」「ほな、持って帰り」で、持って帰って阪急電車の中で意気揚々と広げたら、何が書いてるや分からん...
聞き手  (大笑)
小米朝  もう人には読めない走り書き、これがその紙なんですよ(紙を広げて)最後のひらがな3文字だけ読めたんです。『あ・か・ん』書いてあった。
聞き手  またまた(笑)多分それはネタやと思う(笑)でもこぶ平改め正蔵さんの『一文笛』って、きっちりした人情噺になってますよね。
米朝  もう、そういうふうに、東京でやったら、そうなる、しょうがないやろな、あの噺は。
聞き手  米朝師匠がしはった時は、もっといい意味で、軽やかで粋な感じでしたよね・・・。
小米朝  あ、そうですね。本当にね、軽やかであるし、ちょっと推理小説を聞いているような感じの...
聞き手  ああ、シャレてんなぁ、って感じですけどね。僕らは、あの噺には、そんなイメージをもっていました。あと、春蝶さんがやってらっしゃった『一文笛』もそんな感じでしたけど。東京に行ってしまうと、ああ変わってしまうんやなと思いましたね。
小米朝  なんかこう人情噺ですよ!! 今から始まりますよ!! っていうふうにチョットする人が多いですよね、どんな噺でも。例えば『除夜の雪』でもそうですし...
聞き手  もうちょっと粋にね。
小米朝  そういう意味では米朝師匠が作ったというのは『一文笛』であり、復活したのも多いですよね。
聞き手  そうですね。

小米朝  『地獄八景亡者戯』っていうのは、あれはちゃあちゃんがいてはれへんかったら、今はもうなかったんですよね。
米朝  そうかも...いや、まぁ、それは分からんけども、あの噺はね、(文の家)かしく師匠がね、ある会でやらはったんや
聞き手  京都でしたっけね。
米朝  うん。それですぐ稽古に行ったんや、あれ教えてくれちゅうて。それはものすごい古風な、何もかもが明治初年みたいな噺やったんや。それをまぁ、新しくしたんやけどね。
小米朝 ああ、なるほどね。『地獄八景亡者戯』っていうのは、その時代その 時代の、現代の噺ですよね。
米朝  そうそう。それを掴み込んでる噺やからな、世相やら風俗やらを。
小米朝 今なら2007年のこの時期にあの世へ行ったという設定ですもんね。
米朝  そういうふうに出来れば一番ええんやけどね。かしく師匠がやって はったのは、明治の噺や。その時点からちょっとも新しい、なって なかったんやな。
小米朝  それを現代にしたのは、師匠ですもんね。
米朝  もうドンと、新しくしてしもうたんやけどね。何でも入れられるわ な。あの噺は。
聞き手  じゃあ、娑婆のくだりから人呑鬼のくだりまで、全部やらはったわ けですね、かしく師匠は?
米朝  う〜ん、そんなに長いことなかった。だいたい筋は通ってた。
小米朝  その時で何分ぐらい?
米朝  30分ぐらいかなぁ〜。
聞き手  じゃあ短いですね。
米朝  途中のごちゃごちゃはあらへんのやからね。
小米朝  じゃ、途中のごちゃごちゃを考えたのは...
米朝  ドンドン入れていって、膨らましていったんやから。
小米朝  で、60〜70分の長いネタになったと。
聞き手  で、またその1時間10分なら1時間10分やらへんかったら、さぼ ってるというか、力を抜いてると思われてしまいますよね。
米朝  私がやり出してからそうなってしもうたんや。
聞き手  米朝師匠でもちょっと短かったら、「今日はちょっと」とかね。
小米朝  僕も恥ずかしながら何度かやらしてもらいましたけど、あれはやっ ぱり全部やってこそ値打ちのあるもんやなと思いました。しかも一 気にね。間に休憩入れる演出も一時ありましたけど...
聞き手  ありましたね。枝雀さんやってはりましたね。
小米朝  でもそうじゃなくて、休憩無しで1時間から1時間ちょっとやって、 テーマはなんや言うたら、やっぱり地獄絵巻ですね。人呑鬼の腹ん中へ入って亡者が暴れるっていうのが、あそこへ向けていろいろあ るんやなぁ〜っていうのが、やって初めて分かりましたですね。
聞き手  どの辺が一番しんどいんですか?
小米朝  そこへ行く前ですね。一番しんどいのは芸回しのところですかね。
聞き手  あの、芸のあるものは極楽へ通してやるぞというところですね。閻魔大王が。芸のないものは地獄行きやと、手を挙げさせて、芸を披 露させる。そこを芸回しというわけですね。
小米朝  で、いろんな芸をやったりするんですけど、ここで盛り上げすぎた ら、4人の亡者が人呑鬼の腹中で暴れるくだりが、盛り下がるんで すよ。
聞き手  持たない。
小米朝  持たないんですよ。だからここの兼ね合いが難しいんですよね。
聞き手  米朝師匠、どうですか?
米朝  いやまぁ、その通りやねんけども、その間に世相風刺と言うか、時事と言うかね、そういうのがちょいちょいいりますわな。
聞き手  そうですね。亡くなった吉朝さんがね、噺家の出の物真似をね...
小米朝  形態模写をね
米朝  あ〜は〜
聞き手  こんなことを...
小米朝  やってええんやと。そうですね、あれはカルチャーショックでしたね。
聞き手  あれはビックリしましたね。これは米朝師匠は絶対せんこっちゃ、 吉朝さんしか出来んこっちゃと思いました。
小米朝  座布団から離れてね。
米朝  出囃子もみな変えてね。
聞き手  そうです、また上手でしたからね、ああいう物真似がね。
米朝  あんな噺はいろいろと、趣向を考えて遊んだらええのやね。
小米朝  趣向を考えて遊ぶ一団が出来ましたね、今年。
聞き手  そうですね。今度、地獄八景をモチーフにしたお芝居が出来るんで す。東京が最初ですけど、『地獄八景 浮世百景』というタイトルや そうですけど。関西の放送作家東野さんが脚本をお書きになって、 昔読売テレビにいらっしゃった辻さんという方が独立されて、『G2 (ジーツー)』という名前で活躍されてて、彼が演出する。で、『地獄八景』のサバを食べて死んでと言う筋は全然なくて、地獄八景と いう地獄でのいろんな出来事を元にしたお芝居。
小米朝  そこにいろんな落語の噺が...
聞き手  50ぐらい出てくるんですって。
米朝  ウワ〜
小米朝  『地獄八景亡者戯』という話を縦糸にそれ以外の落語が横糸で絡むんですって。
米朝  へぇ〜
聞き手  粗筋を読んだだけですけど、『立ち切れ』に出てくる芸者の小糸が主 人公の女性で、番頭や河内屋の若旦那がふたりをうまいこと添わせ てやろうと思うてるのに、算段の平兵衛、どうらんの幸助、鞍馬天 狗などなどが出てきてですね、ひっちゃかめっちゃかになるそうで す。
小米朝  うまいこと添わせようというのは、崇徳院みたいな感じですね。
聞き手  ですから落語通にとったら、ここはあれのパロディーや、これはあのくだりや、それがいくつあるんや・・・?、とそういう楽しみ方も出 来るようなものになっていますね。小米朝さんもご相談受けたり...
小米朝  はい、僕もね台本読まして頂きまして、すごく面白いなと思いまし て...。ただ最終的のどうやってまたもとの1本の糸に戻るんかなと いうところ、どうなったんか分からないですよ。G2さんから聞きま すと改訂稿、さらに改訂稿で、綺麗な本になっていっていますと仰 るんで。僕も時間があれば出して頂きたいと思ったんですが、スケジュールが取れないということで、出演は辞退させて頂いたんです。 でもうちの一門でやりたいという人が出ました。吉朝門下の吉弥君と吉坊君が出演します。
米朝  ほぉ〜
聞き手  東京が皮切りで、大阪に2月23〜25日に来ます。監修が桂米朝とな ってます。是非一度見に行ってください。やっぱり『地獄八景』をお作りなったのは米朝師匠ですから。
小米朝  それがあってこその芝居ですからね。
聞き手  俺が作った地獄がこないなるかと
米朝  (笑)
聞き手  笑わはるか、怒りはるか
小米朝  どっちかや(笑)

聞き手  去年小米朝さんが大阪の松竹座で独演会をされたときに『猫の忠信』をお出しになり、噺の大詰めのくだりを、ちょっと芝居がかりにされましたよね。
小米朝  そうですね、あれは昔からやってみたかったんですよ。『猫の忠信』というのは『義経千本桜』という歌舞伎のパロディですから、やはり千本桜のお芝居の雰囲気をどっかに出したいなと思って、単に落語でやったら、顔ぶれが揃ったところで、「静御前は?」「お静さんがいてるがな」「私なんか似合わへんがな」と言うたら猫が顔あげて「似合う(ニヤァウ)」というのがサゲです。それだけだったらちょっとと思ったんで、そこに芝居を入れようと。自分の両親の皮で作った三味線が稽古場に飾ってある。それを返してもらったお礼に、ネズミを退治して帰るということにして、ネズミ役をやってくれたのが都んぼ君と二乗君の二人。あと歌舞伎の役者さんにも加わってもらいまして、私が立役をやらしてもらいましてですね、ちょっと芝居の雰囲気だけつけさせてもらいました。
米朝  へぇ〜
聞き手  なかなか華やかなトリネタになってましたよね。
小米朝  松竹座という芝居小屋で独演会をやらして頂いたんで、松竹座ならではのものをどこかに出したいなと思いまして、あれが出来て本当に嬉しかったです。
聞き手  昔、亡くなった文枝師匠が『天神山』で障子に曲書きをされたりとかね。そういう演出が昔からあったわけですから、芝居がかりのものであれば、今様のものを作っても別におかしくないわけです。現代の噺家さんは、なかなか新しい演出にチャレンジしようとされないので、ええ試みやなぁ〜と思いましたよ。
小米朝  実はうちの親父こそ、芝居が大好きで。例えば『天神山』の自分が狐に変化していくので、子供をあやされへん。筆を口にくわえて障子に“恋しくば...”のうたを書くというのも、うちの親父から説得力のある説明を聞きましてね。
米朝  初代の小南なんて人もやってたらしい。あの方の型も、だんだん指が利かんようになってね、字が書けんようになったんで最後は口にくわえて書くことになった。
小米朝  最初は子供を左手で抱えて、右手で普通に書いて。今度墨つけたら子供がむずがるんで立ち上がられへんから、下から上へ書き上げる。子供が立ち上がらへんからという理由があるんですね。で今度は筆を持つ手が狐に戻っていくんで、筆を持たれへん。それで口にくわえるという。
米朝  そういう段取りがつけてあったんや、あれは。
聞き手  師匠、小南師匠のは、どこでご覧になったんですか?
米朝  東京でね、新宿の末広やったと思うな。特別の会でね。
聞き手  そういうものがお得意だったんですかね、小南師匠という方は。
米朝  そういうケレンのものがお好きで、でももうやれんようになって...。紙がない。
二人  はぁ〜!!!!!!!!!!!!!
小米朝  戦時中で
聞き手  だって障子4枚ぐらいいりますからね。
米朝  そうやな、それが先に、紙が手に入れなんだら出来ない時代やったんや。もうひょっとしたら洋紙であれ何でもよかったんかもしれんけどな。正岡さんの主催の会でやった。

聞き手  小米朝さん、2007年は桂小米朝はどうしようかと
小米朝  あのひとつはですね、今まで関西でずっとやらして頂いたいろんなことを東京で作品として全部やりたいなと思ってるんです。
聞き手  東京にも発信しようと。
小米朝  全然東京でやったことがなかったんです。申し訳ないけど関西で30年やってても東京で1年やるほうがインパクトがある。
聞き手  今のご時世、そうですね。
小米朝  東京至上主義やと思うんですよ。僕は江戸時代がまだ続いてると思うんですよね。オリジンは上方なんですけれども、近松の時代が過ぎ去って、文化文政の頃から文化的なものが江戸へ流れていったと思うんです。それで明治、大正、昭和、平成って年号は変わってるけど都は東京のままですから、つまり江戸時代が東京と名前が変わっただけで都は変わってないじゃないですか。ということは江戸時代が400年以上続いてるんだなぁ〜と思って。そんな中で発信する場というのは、やはり東京発にしないといけない時代なんだなぁ〜と...。好むと好まざるとに関わらず。ですから今までやってきたことを東京でやろうと思って...。それでふっと思ったのが、今年最初に喋ったのが国立小劇場だったんですよ。大阪で喋る機会が2日〜3日なく、米朝事務所が出番割ってくれへんもんやから...。
聞き手  あのTBSの落語研究会が初日だったんでしょ。
小米朝  その後1月16日は池袋の芸術劇場ですよね。ここで自分のモーツァルトシリーズを初めて東京でやったんですよ。で、3月に京王プラザで個展をするんです。
聞き手  何の個展をしはるんですか?
小米朝  ずっと絵を描いてきたじゃないですか。絵と書を向こうから言われて、東京のマネージャーが、大島マネージャーが断れへんかったんです。
聞き手  (笑)
小米朝  気が付いたらドンドン東京の仕事があるんで、今まで関西で暖めてきたものを東京でとちょっとやろうと思ってるんですね。
聞き手  師匠どうですか、まぁ、東京でね、おやりになるというお気持ちも...
米朝  それはええと思うし、やっぱり東京発やないとあかんのやな。
聞き手  ちょっと悲しいですけどね。
米朝  アピールする範囲が違うから。
小米朝  うちのオヤッサンもそれこそ18歳で東京へ行きはったんですからね。
米朝  いや、そりゃまぁ、学校行ったりしたんで。まだ噺家でもなかったし。
小米朝  あのときに姫路でずっと育ってきて東京へ行かれた時のカルチャーショックなんて言うのはありましたですか?
米朝  いやそれはね〜、正岡さんなんかとは(関西にいる頃から)もちろん連絡あったし。あの戦時中、私は東京の珍しいもんを見てますよ。
聞き手  それはいいですよね。またそれをよく憶えてらっしゃる。
米朝  講釈場行ったりとかね〜、妙な会があると見に行ったり、聞きに行ったり...
小米朝  そんなとき、こういうのは大阪にいてたら見られへんかったやろなというのも沢山あったんでしょうね。
米朝  それはあったよ。
聞き手  でも今度は逆に東京に出て、小米朝というのを発信して頂くのもさることながら、東京のいいものを盗んで、身につけて、僕らに見せて頂ければね。
小米朝  東京って今、上方ものを受け入れてくださってるじゃないですか、ひとつ『?(クエスチョンマーク)』があるのは、東京のお客さんというのは、それに行くことが目的なんですよ。その点、関西人は、そこで楽しむことが目的なんですよ。面白いものには拍手を惜しまないし、笑いを惜しまない。でも東京は客席から盛り上げようという意識が少ないんです。これはね僕、歌舞伎座で一回感じたんですよ。松本幸四郎と市川染五郎の連獅子を見たんです。すごいいい連獅子だったんですよ。 で、ここここというところで拍手の合図を出してるの、僕やねん。満員の歌舞伎座で俺がおれへんかったら拍手無しで終わるの、って云うぐらい、歌舞伎座のお客様は、“そこへ行く”ということが目的なんですね。だから僕は東京へ行って自分の作品を出して、上方はこういうノリで見るんやで、上方はこういうのを面白いと言うんやで、お澄ましして見たらあかんよというものも、ちょっとお伝えしたいなぁ〜なんておこがましいけれども思っております。
米朝  その冷静に見てるのも結構やけども、ノルということはあんまりせえへんな。
聞き手  逆にノルと恥ずかしいような。空気があるんじゃないでしょうかね。ま、そんなことのない空気を小米朝さんに作ってもらいましょう。東京の舞台、本当に期待していますし、是非拝見させて頂きます。
小米朝  宜しくお願いします。
聞き手  米朝師匠にもね、是非東京の小米朝さん、見て頂いたらいかがですか?
小米朝  じゃあ、大阪でのものも、東京でのものも同じですから...
米朝  (笑)大阪でもあんまり見てへんからこの頃(笑)
聞き手  ありがとうございました。

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扇子

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