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~今週もゲストに桂小米朝さんをお迎えしました。聞き手は大阪ABCテレビのプロデューサー市川寿憲です~
小米朝  実はこのちょっと前、7時15分から日曜日の朝「ザ・シンフォニーホール・アワー」をやらしてもらっています。ホームページ(http://abc1008.com/sh/frame.html)を立ち上げました。ブログが出来ました。
米朝  (笑)
小米朝   しかしね、ブログという言葉、うちの師匠、親父から聞いたんです。「おい小米朝、ブログってなんや?」と聞かれて、答えられへんのですよ。
米朝  ブログ、なんで答えられへん?
小米朝  どういう意味や、分からへんもん。
聞き手  (大笑)
米朝  なら、わしと一緒や。
小米朝  そうなん。小米朝なら分かるやろという気で聞きはんねんけど、僕分からへんからというんで、丹念に言葉を調べたら、『Web Log(ウェブ・ログ)』の省略なんですね。『web』はインターネットのことですね、『log』は『Log Book』のことで航海日誌...
米朝  へぇ〜、船の航海日誌!?
小米朝  その『Log Book』のBookがとれて普通航海日誌のことを『Log』というんです。で、インターネットの日誌だから『Web Log』になって、『Web』の『We』が省略されて『blog』になったんです。
聞き手  学者ですね。
小米朝  いや、これ、うちの親父から質問を受けて答えなあかんから調べて分かったんです。とにかく(親父は)新聞、毎日読んでますから、流行りの横文字どんどん質問来るから...
聞き手  よう新聞折り畳んで切ってはりましたよね。気になった記事をね。で、「これ読め」と渡されたとざこばさんがよく仰ってました。
小米朝  新幹線で横に座って、もう寝ようかなというタイミングで新聞を渡されて、「おいこれ読め。どう思う」「ええ、まぁまぁ、ええ思います」みたいな話です。
聞き手  (大笑)
小米朝  なんであんな新聞読んではるんですか?
米朝  あんな時ぐらいしか読むときないねん。
小米朝  「あんな時ぐらい」って寸暇を惜しんで、もう...
米朝  もう、そうせなんだら新聞読まれへんようになったんやろな。
小米朝  例えば3日ぐらいたまったらね、「ああ、もうええわ」と読まんと僕は横にやってしまうんです。
聞き手  米朝師匠は古いもんでも読んでへんかったら、それから読んでいかはるんですね。
米朝  見出しだけやけどね。で気になるのがあったらちょっと読むと言う程度で、いつも新聞持ってるさかい熱心に読んでると思われるけど、そうやないんですよ。そうは読まへんよね。
小米朝  例えば高座に使うときのネタとか...
米朝  そういう意識なしでね。目を通しておくと、こういう番組やっててもね、ふと出てくる。それでええと思うてんねん。

聞き手  小米朝さんはなぜあんなにクラッシク音楽がお好きなんですか?
小米朝  なんででしょうかね〜、やっぱりモーツァルトの生まれ変わりだからですかね〜...
米朝  (笑)
聞き手  なんか言うてはりますけど、誰か助けてください!!!(笑)
小米朝  前世がね。ま〜あの〜、多分、根本的にどっか好きだったことは好きだったと思うんですが、きっかけを導いてくださったのは中学校の音楽の先生やったんですよ。善入(ぜんにゅう)先生という当時おじいちゃんでしたけどね。尼崎市立武庫中学校という、きわめて普通の公立中学校の音楽の先生がレコード鑑賞好きでLP盤、今の若い子知らんな、針乗せるやつをいつも綺麗に拭いてレコード鑑賞しはるんですよ。それで夏休みなったら宿題が出るんですよ。「はい皆さん家に帰ってクラシックを5曲聴きましょう」で感想文を書きなさいという音楽の宿題が出るんです。
聞き手  へぇ〜
小米朝  で、夏休み家でうちの親父に「あの〜クラシックのレコードないかな〜」って聞いたら、「あ〜、あのな、そこにある。『勧進帳』と『越後獅子』と『新曲浦島』ええで」
聞き手  長唄じゃないですか、それ。
米朝  (笑)
小米朝  「これもクラシックやないかい」って、そりゃまぁそうなんですけど、「オーケストラの方やねん」「そんなん、うちにあるか」というんで、一人で大阪まで出て来て、レコード屋へ行って、1枚はチャイコフスキーの白鳥の湖とくるみ割り人形の抜粋、もう1枚はモーツァルトのフィガロの結婚の序曲、魔笛の序曲、シンフォニーの40番、41番。その2枚を買って家で聴いたんがきっかけです。で適当に感想文書いて、一番最後には『勧進帳』と『新曲浦島』の感想文書いて...
聞き手  (笑)
小米朝  ただその時にチャイコフスキーの方が入りやすかったですね。モーツァルトははっきり言って難しかったです。中2になったら今度は『メンコン』になるんですよ、メンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルト。略して『メンコン』。これをまた鑑賞会で聴いてて、で、家帰ってNHKの7時のニュースの前に「NHK神戸放送局からのお知らせです。N響神戸公演。ヴァイオリンコンチェルト、メンデルスゾーン」
聞き手  おっっっっっっっっ。
小米朝  「これや、これや。学校で聴いたやつや」聴きにいこうと思ってチケット買って神戸文化ホールで聴いたのが生の最初。 ヴァイオリンの独奏が当初は潮田益子さんって貼ってあったけど、当日行ったら、急病につき代演、佐藤陽子さん。池田満寿夫さんの奥さん、あの人の音を最初に聴きました。
聞き手  へぇ〜...。お家でよくクラシックを聴いてはったのはご存知ですか?
米朝  いや、私の前ではあんまり聴かなんだね。
小米朝  邪魔になると思いましたから。
聞き手  あ、なるほど。
小米朝  ですからほとんど聴いてる姿は見せてないと思いますよ。ピアノをそっと隠れ遊び的に弾いてたんですけど、それもほとんど聴いてないかもしれませんね。
聞き手  それはお家にピアノがあったんですね。
小米朝  はい、アップライトのピアノが・・・。僕が...、そうそうだいたい神童だと錯覚されてまして、僕が小さい時に親父が小ちゃいおもちゃのピアノを買って来て、親父が指一つでポンポンと弾いたら僕が同じようにポンポン弾いたんですって...
聞き手  そりゃ天才や!!こりゃ神童や!!
米朝  そんなことあったんか?
小米朝  あったんです。それでアップライトのほんまもんのピアノを買うて幼稚園の頃にピアノ教室へ...
米朝  あれは家内のいとこがピアノ教室始めよったんです。とりあえず誰か生徒欲しかった。で、行かされよった。
小米朝  いや、こっちへ来てくれはったと思います。で、行くのも遠いから近所に小城先生という...。小城先生のおじいちゃんが習字の先生で、そこの娘さんが内田さんといって、その内田さんに僕はピアノを教えてもらった。すぐ近所です。で幼稚園の時にうちの親は「この子は神童ですから」言うてほんまに「ああ、しんど」...何を言うてるんやろ、とにかく全然...
米朝  指はとどいたかい?
小米朝  指とどく、とどかへんの問題やなしに、稽古せえへんから、隣の福島君は3回で上がってるのに、「中川君、もう一回いこうね、もう一回いこうね」とカギカッコつけられるんですよ。で6回ぐらいカギカッコつくんです。全然進めへんのです。その頃から稽古嫌いでした。
聞き手  それはいまだに続いているんですか?
小米朝  (笑)コマーシャルどうぞ...
聞き手  いえ、行かせません(笑)
小米朝  そんなことがきっかけで、音楽を親しむようになりました。でも先天的に好きやったんでしょうね。例えば好きな女の子が音楽の時間にピアノを弾くんです。そのピアノの伴奏で歌を歌ったり笛吹いたりするんですよ。「好きだよ」なんて言われへんから、共通の趣味を持とうと思って、その子が弾いてる曲を一所懸命覚えたりとかね。
聞き手  そういう時にはお稽古するんですね。
小米朝  (笑)
米朝  (笑)
小米朝  まぁ〜、あの〜、女性次第ですね。
聞き手  よく分かる動機でございますね。
小米朝  だからモーツァルトの生まれ変わりなんです。

聞き手  米朝師匠はお家で飲むとどう変わられるんですか?
米朝  音楽の話はあまり出ませんわ。
小米朝  (笑)
聞き手  米朝師匠がモーツァルトと言うててもね。
小米朝  う〜ん、出ませんものね。飲むと雄弁になりますね。
聞き手  米朝師匠がお酒飲む時に、何が無ければあかんというのはありますか?
小米朝  そこらへん何でもいいです、ね。
米朝  何か...何かあったらいいねん。
小米朝  ありゃいいんです。雑食です。
米朝  (笑)
小米朝  失礼しました。
聞き手  好き嫌いも無いんですか?
小米朝  無いですよね〜?
米朝  タコ、イカはあんまり食べられないけどね。
小米朝  トリガイもあんまり食べはりません?
米朝  あんまり食べない。
小米朝  トリガイとかイカとかタコはあんまり食べない。貝でもウニは好きですね。
米朝  ウニは食べますね。
小米朝  で、中トロ好きですね。
米朝  はい、はい、はい。
聞き手  お肉も好きですよね。
小米朝  肉も好きです。
米朝  なんにせいこの頃は、量があかんようになってしもうてね、ちょっとあったらええ。
聞き手  お酒飲む時にちゃんと召し上がる方は長生きされて、お元気ですよね。
米朝  そうやね、刺身なんか大概好きですよ。
聞き手  僕も何回かご一緒させてもらいましたが、最初にトロ食べますね。
小米朝  いろんな物並べてどれからいきはるかなと思うたら、大概トロです。
聞き手  これが元気の源やなと思いました。
小米朝  昔からトロはお好きやった?
米朝  憧れでもあった。なかなか食べられへん。高いしな。
小米朝  あの戦争前なんか...
米朝  戦争後でもそうや。「お、トロがあるな。ええトロやな」なんか言うて、一番先に手が出るな。
小米朝  今食べておかなんだら、今度いつ食べられるか分からんて...
米朝  ハマチとかね。
聞き手  わりとしっかりした身ですね。油のある。
小米朝  油のあるものを食べているのに、太らないんですよね。
聞き手  そうですよね。
米朝  量がね...
小米朝  でも若い時は量も結構食べてましたよ。
米朝  そうかな〜。
小米朝  仕上げにおそば食べるからですかね?
米朝  う〜ん
聞き手  おそばお好きですよね。
小米朝  結局は食べたい時に、食べたいものを、食べたい人と食べるというのが一番いいんでしょうね。
米朝  (笑)なかなかそうはいかんけれども。まぁ、それにやはり食べるものの無い時と成長期がぶつかったからな。食べるということがやっぱり元やな、人間の体はね。
聞き手  小米朝さんは何でもお好きなんですか?
小米朝  やはりおかげさまで、だいたい何でも頂きます。お酒に関して言うと蒸留酒よりは醸造酒の方が好きですね。ですから日本酒だとか、ワインだとか...。もちろんウィスキーも飲みますけれどもどっちかと言うと醸造の方が好きですね。
聞き手  米朝師匠は日本酒というイメージがありますね。
米朝  長年の習慣でね、どうしてもそっちへ手が出るな。ウィスキーはあまり手が出ない。

小米朝  最初はね、大阪ミナミで生まれましたから、南炭屋町。今でも建物は残ってるんですよ。十坪に鉄筋2階建て、あの三角公園の近所に、で下が小料理屋になってるんですよ。上に屋上がついてるんですよ。そこで僕がオギャーと生まれまして、今の月亭可朝さんもそこに通うてらしたんですけれど、動物園へ初めて連れて行ってもらったときに、動物を見んと地べたの土ばっかり見てて...
米朝  座り込んでしもうてね、土遊びしとるん。
小米朝  あの頃ね、ミナミに昭和33年、土がない。
聞き手  もう舗装してあったんですね。
小米朝  それで、砂とか土を見せなあかんというんで、屋上に砂場を作っていただいて、で、僕その屋上で遊んでて2階へ階段でゴロゴロと転んだ記憶が最初の記憶なんですけども。その頃は千日デパートへおばあちゃんに連れて行ってもらったり、誰かに連れて行ってもらったりして、千日劇場で遊んでた記憶がよくありますね。
聞き手  ちょうど師匠が出番のときですか?
米朝  屋上みたいなところに金魚すくいがあったり、けっこう遊べるようになってた。
小米朝  6階が千日劇場だったんで、そこにゲームセンターがいっぱいありまして...
米朝  ほぉ〜
小米朝  で、出番の間当時1回10円ですから、100円もらって遊んで、気が向いたら客席へ回って、「とんち袋」のときに客席からお題を言ったり(笑)
聞き手  へぇ〜、そのとき師匠はとってくれました?
小米朝  1回だけとってもらいました。
米朝  いや〜、司会は誰かがやってたんや。
小米朝  いや、いや、(師匠が)司会やってはって、昭和39年だから僕が6歳ぐらいかな、もちろん家はもう今の武庫之荘に引っ越してたんですけど、千日(劇場)にしょっちゅう通ってたんですよ。そんなら、ひかり号、新幹線が開通した頃でね、「ひかり号!!」って言うたんです。「ひかり号、あ〜新幹線開通しましたからな〜」と言うて、皆解いてくれはったんですよ。
聞き手  あ〜、すごくいい思い出ですね。
小米朝  う〜ん、そんな気楽な子供でした。
聞き手  (笑)枝雀さんですか、乳母車押しながらずっと稽古してはって子供(を乗せている)意識がなくなってという...
小米朝  日射病になって...。炎天下に置き去りにしてという。あれは僕の弟の方です。
聞き手  小米朝さんはなかなかそういう犠牲にはあってないですか?
小米朝  やっぱりざこば兄さんと遊んで、額に傷をつけてくださったりだとか、そりゃ〜、2つ3つはありますね。
聞き手  まぁ〜そんなもんはね...
米朝  (笑)足の骨を折るとか...
小米朝  足の骨の1本や2本、そんな(笑)
聞き手  そりゃちょっとえげつないですね(笑)
小米朝  (笑)でもざこば兄さん、朝丸時代、10代でね、中学卒業されて来られて、3人の子供の面倒を見てくれてはったんやから、僕が幼稚園を卒園して小学校に上がるときですかな、あ、でも幼稚園の頃もざこば兄さんいてはったな。だから幼稚園児3人を面倒見て、弟の方は最初の頃はまだ幼児でしたよね。大変でしたですよ。一所懸命やって、怪我させられたから、そりゃしゃーないですよ。
聞き手  (笑)
小米朝  よう遊んでくれはったんですよ、朝丸兄ちゃんはね。幼稚園の園内で一緒にキャッチボールしたり、ほんまに一所懸命。何やるときも一所懸命。
聞き手  それは今も変わってませんもん。
小米朝  僕の思い出に枝雀さんはないんです、その頃。ざこばさんと遊んでもらってるイメージばっかり。枝雀さん何してはったというたら、部屋で稽古してはったんです。そのときから。

聞き手  噺家になって28年。今米朝師匠をご覧になって、見方と言うのはだんだん変わってくるもんですか?
小米朝  米朝と言う人が開拓してくださった道をね、一部分でええから継承して、弟子たくさんいてるんですから、みんなが出来る範囲でそれを継承し、さらに磨いてまた次の時代に輝けるものにしたいなと、ほんとにこの頃心の底から思っております。
聞き手  なるほど。
米朝  まだ変わると思いますな。
聞き手  なるほど、まだ変わっていくよと。
米朝  どう変わるかわからんけどね。
聞き手  その芸人というのがそうやって動いていくのが、面白いですね。
米朝  本当はそうなんですよね。ちょっとも変わらずにずぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っとその道一筋何十年という、それも尊いけどね。ある程度やっぱり変わって当たり前やと思うし...。
小米朝  その道一筋というのはとりもなおさず桂米朝の代名詞のような感じですけれども、その米朝でもかなり変わってますからね。30代の頃の録音を聞いたらもう速いしトーンも高いし...。変えてきはったんです。
米朝  多少意識してたんかも分からんけど、昔はその、明治時代にもレコードなんてものが出来たけどもね、それでも何十年も前の音を今のような形では聞けないでしょうからな。いわんやそれ以前は全然聞けないんやからな〜。書いたものはあったかもしれんが...
聞き手  速記があったところで、どう演じていたか分かりませんものね。
米朝  後は伝承で聞くよりしょうがないんやけどね。
小米朝  ずっと米朝という芸が変わってきて、僕が入門したのが昭和53年ですけれども、米朝師匠が昭和48年にサンケイホールで十八番をやる。そして2回目もやる。で僕が入門する頃から米朝師匠は体を悪くするようになってきた。そのときに内弟子から始めた一番弟子の枝雀さんがどんどん人気が出てくる。でサンケイで逆に十八番をやる。方や米朝は6日間やってたのを、お客さんがもう入らなくなるので、3日に減った。2日に減った。このとき僕内弟子やったんですよ。それで枝雀兄さんが「師匠、おかげさんで1週間やらしてもらうことが出来ました」「ああ、そうか。おめでとう。良かったな」「ありがとうございます」というときには米朝は3日が2日に減った年やった。
米朝  もう、限界を感じだしたね、あの時。
小米朝  あのときって、僕、人間米朝を見て、ある種面白いんですけど、むかついたでしょ?
米朝  いや〜、俺は別にむかつきはせえへんけど...
小米朝  悲しんだでしょ?焦ったんじゃないですか?
米朝  いや、いや、そんなことはない。ようここまでやれたなぐらい思うてた。そりゃね、若いもんが自分の座を取って代わるのは当たり前のことやし、で早いこと取って代わってくれへんかな、ぐらい思うてた。しんどなってきたしね。やはり限界と言うか、それを感じるようになったし。この年までまだ落語がしゃべれるとはとても思わなんだな、あの時は。
聞き手  80でですね。
米朝  まぁ〜しかし今私長いこと、実はちゃんと落語をやってないように思うねん。ひと月からここ...先月かな、今月の初めかな「鹿政談(しかせいだん)」をどっかでやった。それぐらいのことやな。鹿政談というのはね、言葉悪いけど講釈みたいなもんやから、つまりいろんなやり方、ごまかしたやり方も出来るわけやねん。女が出てきたり、子供が出てきたり、変化を付けながら、陰影のあるようなやり方も出来んことはないけれども、そういう話やないからな。今「三枚起請」とかあんなんやれるかどうか自信がないね。本当にいろんな登場人物が出てきて、女が出てきたり、子供が出てきたりという噺はしばらくやってないからな。
小米朝  エネルギッシュな年代を過ぎて、70や80になったらある程度の老いは受け入れないといけないですよね。その時の落語のやり方というのはやはり...
米朝  今考えないかん時なんやけどね。もう少しやるとしたら。
小米朝  どこかでほんならそういう会を...
聞き手  そうですね。じゃぁ去年、傘寿やりましたんで、八十一の会ということでやりましょうかね。
小米朝  どういう名前にしましょう。
米朝  八十一の会?
聞き手  (笑)
小米朝  八十の時は傘寿という名前があるじゃないですか。『やそいち(八十一)』
聞き手  なんかそんなこというと墓穴掘りますよ(笑)
米朝  『九九の会』やな
小米朝  九・九・八十一!? はぁ〜、決まりましたね。
聞き手  じゃぁ『九九の会』を11月に。
米朝  生きてりゃやけど。
聞き手  いやいや、ちゃんと生きてはります。
小米朝  (笑)

聞き手  小米朝さんが今度東京の新橋演舞場でお芝居を...
小米朝  そうなんです。7月1日から26日まで、十朱幸代さんがメインで髙橋惠子さん、渡辺徹さん、桂文珍さんと一緒に『京紅物語』というお芝居を。十朱幸代さんと言えば、兄弟子のざこばさんが大ファンで、ところが相手役が文珍さんやから「なんやねんこれは、文珍」てなことになりますねん。で、台本読んだら結構艶かしいシーンがあるんです。背中にまわって胸と背中ぴたっと引っ付けて鏡見ながら文珍さんが十朱さんの唇へ小指ですっと紅をさすシーン。で「ドキドキする」みたいな台詞があるんです。台本読んでるだけで僕、ハラハラドキドキして、これざこばさん見たらどうなります。客席から飛び出して舞台上がって来そうになりますよ。
聞き手  小米朝さんの役は?
小米朝  私は京都の遊び人の若旦那の役です。
聞き手  その通りですね!!
小米朝  いや、役作りしんどいですよ。
聞き手  ええ!?
小米朝  本当に大変なんですけど。
聞き手  ひと月やると、芝居をやってから落語に帰ると、気が変わって面白いんじゃないですかね。
小米朝  本当そうですね、落語では味わえない間がありますからね、いい勉強になりますので。
聞き手  一皮むけて大阪へ帰ってこられると...
小米朝  日焼けではなくね、頑張ります(笑)

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扇子

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