| 聞き手 |
小米朝は昔可朝さんが名乗ってはったんですよね。 |
| 米朝 |
あ、そうやったな。あれは自分で決めてやって来よったんや。 |
| 聞き手 |
小米朝になると。 |
| 米朝 |
うん、「小」が三画で「米」が六画、「朝」が十二画で、倍、倍、倍となってる。 |
| 小米朝 |
3、6、12で博打好きの可朝兄さんにはもってこいじゃないですか。だいたいは先代の林家染丸さんの所を破門されて... |
| 聞き手 |
染奴でしたね。 |
| 小米朝 |
で、こっちに流れてきはった。 |
| 聞き手 |
米朝師匠によると、「あいつを世間に泳がしておくと危ない」と(笑)「やっぱり噺家の世界においておいた方がええ」と、で「うちに来い」と聞いてますが... |
| 小米朝 |
それが僕がオギャーと生まれた時ですわ。 |
| 米朝 |
そうかな〜?昭和33年か? |
| 小米朝 |
その頃やと思います。可朝兄さんに子守りされてることが多かったです。 |
| 米朝 |
ほ〜 |
| 小米朝 |
ですから僕はやがては、月亭可朝を襲名する方がいいんでしょうか? |
| 米朝 |
さぁ〜(笑) |
| 聞き手 |
(笑)なんと言うことを(笑)結局、何年に米朝師匠の所へ入門となるんですか? |
| 小米朝 |
昭和53年。二十歳になる時ですね。その時点で僕は大学を辞めますと言うたんですけど、親父が「行っといたらどうや」と「わしらの時代は...」とまた始まりまして、中途半端になるなと思いながらギリギリの単位で卒業させてもらいまして、でも甘いじゃないですか。 |
| 聞き手 |
二足の草蛙ですものね。どうですか、入門されてお父さんが師匠になるわけですけれど、息子だった時の中川清と言うお父さんと変わるもんですか? |
| 小米朝 |
周りの目を僕は気にしましたね。そういう意味で変わったかなと思います。逆に変わらなきゃならないと思ったし。「師匠宜しくお願いします」と頭を下げてやっていこうと思ったんですが、僕がそう思う以上に親父は意識してたんじゃないかな、つまりやりにくかったんじゃないかな思います。どうですか? |
| 米朝 |
いや、それは、あの〜、後の枝雀、当時小米と朝丸(ざこば)という二人のいい兄弟子がおったからな、あの二人はちょっと変わってるさかいな、どういうことをいろいろ言うてたんかそれは知らんのやけどね。枝雀と言う非常に特殊な存在がおったということは良かったやろな。 |
| 小米朝 |
そうですね、まぁ〜僕は長男でありながら常にお兄さんが居てはったから、そういうお兄さん方に厳しくしていただいたから...時には厳しすぎるざこば兄さんも居てはりますが... |
| 聞き手 |
(笑) |
| 小米朝 |
厳しくしてくださったおかげで、何とか保って来たかなと思います。ほんとはうちの親父、やりにくかったと思いますよ。 |
| 米朝 |
それは案外、思わなんだな〜。よう聞かれたけどね。 |
| 小米朝 |
あの、一つにはみんなのお父さんでもあるんですよ。だから「師匠」という言葉には「先生」という意味の他に「お父さん」という意味がある。僕のそのように思っていて、だから今も中途半端に敬語使ってますけども(笑) |