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〜今週は一門の桂宗助さんも加わって、米朝さんと芸談に花を咲かせます。聞き手は大阪ABCテレビのプロデューサー市川寿憲です〜〜
聞き手  米朝師匠に間の取り方や口調がよく似てると言われていますが...
米朝  それはね、かえって私らには分からんです。
聞き手  宗助さん、いかがですか?
宗助  いや、自分で言うのはね...。そりゃ師匠が仰った通り、私らでは分からんことですから(笑)それは見ていただいた方が...
米朝  弟子は師匠ににるというけど、案外似てる人は少ないんですよ。
聞き手  あ、やっぱりそういうもんですかね。
米朝  そういうもんです。そんで、ちょっとぐらい似ててもね、経験を積んでいくうちに、似んようになってくるのが普通やと思う。だんだん違ってくる。ほんまに生き写しなんて人は少ないね。
聞き手  五代目の小さん師匠が、昭和8年に四代目の小さん師匠の所にお入りになった時に、最初は凄く似てたんですってね。
米朝  はぁ〜、はぁ〜
聞き手  で、四代目の師匠が、(五代目小さん師匠が)当時、小きんか栗之助か分かりませんが...
米朝  小きんやったと思う...
聞き手  「わしの真似をするな」と。「わしの真似をしてたら、わしを越えられへん」と。だから「いっさいわしと同じような話をしたらまかりならん」というよなことを言われた時期があるんですって。宗助さんも入門されて3年か4年の時に似てると言われましたね。もう入門されて何年ですか?
宗助  丸17年。今18年目ですね。
聞き手  おいくつでお入りになったんですか?
宗助  僕は24です。
米朝  これはね、ちょっと年いってるほうなんです。板場の修行を一人前になるまでやって、それからやっぱり噺家になりたいと言うて入ってきた。
聞き手  お小さい時から噺家になりたかったんですか?
宗助  噺家になりたいとまでは子供の時には思ってないですけど、落語はもう小学校3〜4年の頃から好きでしたね〜。
聞き手  よう聴きに行ってはったんですか?
宗助  その頃はね、そういう落語会とかあるということを知らなかったんで、行ってたのは、角座であり、花月でありで噺を聴くとか。
聞き手  でもこっち(大阪)ははっきり言って、漫才が主で落語は一興行で中入りまでに一本、中入り後に一本とかそんな数でしたもんね。
宗助  ただその頃は演芸番組と言うか、寄席番組が多かったですからね。
聞き手  で、米朝師匠の所へ入ろうというのは何かあったんですか?
宗助  私が小学校の時に、あれは何の番組か忘れましたけれど、師匠の「不精の代参」をテレビで見まして、それで面白いなと思って...。でも全部よう覚えんもんですからね、前の小咄の「不精猫」を覚えて学校でやったらウケたというような、そんな所からでしょうね。
米朝  そうか「不精の代参」のマクラの「不精猫」ね。あれは俺も小さい時分から知ってたけど、印象に残るのかな〜?
宗助  繰り返しがありますね、親子で不精もんで、「ほっとけ、ほっとけ」という、あんなんは子供は面白いみたいで...ってその時分、自分も子供でしたが...。
聞き手  一時、「寿限無」が子供のうちで流行ったのもやっぱりリズムと繰り返しというか...
米朝  そうやね。あんな長い名前覚えられるかと...、案外覚えやすいんやな。私ら小さい時からあれは言えましたな。

聞き手  宗助さんは何番目のお弟子さんなですか?
宗助  え〜、21番目ですね。
聞き手  上から順番に言うと...
宗助  順番に言うていくんですか...。米紫、可朝、枝雀、ざこば、長太郎、米蔵、歌之助、小米、米太郎、米輔、千朝、吉朝、米八、米二、小米朝、勢朝、米平、米裕、米左、團朝、宗助と...
米朝  仰山いてるな、死んだのもいてるけどね...
宗助  そうですね、5人亡くなってるんですね。
聞き手  宗助さんがお入りなった時は米朝師匠はまだ62〜3(歳)
米朝  そうだな。
聞き手  バリバリやっていらした。24で、包丁持って職人としてやっていけるのに、門をお叩きになっときは米朝師匠はどんな反応だったんですか?
宗助  一番最初に門を叩いたのは、24やないんです。師匠は覚えてはれんかも分かりませんけど、18〜9の頃に半年、一年近く楽屋なんかもずっと通って。その頃米平兄さんと勢朝兄さんあたりがいてはった頃ですかね〜。その頃ですから「今、弟子も2人いてるし、あんたそんな仕事して、なんでわざわざ噺家なんかに」
聞き手  (笑)
宗助  一番最初に言わはった言葉が凄かった「そんななぁ〜、海のものとも、山のものとも分からんもんがごろごろいてます。こんな世界あんた仕事ほって入ってくるちゃ、そんなアホなこと考えなはんな」言うて、えらい説得されました。で、親も反対やったんで、その時は諦めたんですけれど、やっぱり夢捨てきれず、23ぐらいの時から1年ぐらい通わせていただいて、やっと取っていただいたと...。
聞き手  それは熱意に負けたんですか、師匠?
米朝  まぁ〜それもあったけどね、もうあれだけ反対してたお母さんがね、「もう何とか噺家にしたってくれ」と...。
聞き手  あ、お母さんの応援を得たわけですね。
宗助  大津の市民会館の楽屋について来まして...、ついて来てくれはったんですね。「師匠頼みますから、うちの息子3日だけでもええさかい置いたってください」と言うて、意味がないんですから...
米朝  (笑)
聞き手  三日様、三日様ですね。じゃあもう良いだろうと...
宗助  「ま、いっぺん家に来なさい」と言わはって、師匠の家に寄せていただいて、いきなり師匠が座布団二つポンポンと置いて、「ま、そこへ座んなさい。何でもええさかいやってみい」と言わはって...
聞き手  (大笑)
米朝  あ〜、そうやったかいな。
宗助  それでさっき言いました「不精の代参」のマクラの「不精猫」をやりかけたら止められまして、「この噺は難しいんや」と...
聞き手  (大笑)
宗助  でも、師匠はちゃんとどういう所が難しいという説明をしてくれはって、「そんなんやなしに、皆がやってるような、『子褒め』やとか『道具屋』とか、そんなもんでけへんのか?」と言われて、「では『子褒め』を」と言うて頭の所やったらまた止められまして...
聞き手  (大笑)
宗助  「『子褒め』というのはな」とまた説明してくれはったんです。「ま、分かりました」と「イヤほんまは年としては遅いんやけれども、やっぱり飛び越えて修行ということは出来ないから、今聴かしてもろうたけど、一から勉強せないかんので努力しなさい」と言うお言葉を(頂きました)
米朝  いや、もう本当に、筋がいいというか、「こりゃいけそうやな」と始めに思わせましたな。
聞き手  例えば入門志願の若いもんが来ますよね。「こいつはあかん、こいつはええ」というのは第一印象ですか?
米朝  やっぱりそれだけの理由がありますわ。後から考えたらね。どう考えてもあかんという奴は、やっぱあかんしね。それにもう今の私はそんなしんどい稽古はようせんし、誰かに預けるとか渡して「見込みありそうやから、お前の弟子にしてやってくれ」と言った人もありましたな。

聞き手  でもこう一門を見ますと直径のお弟子さんとしては、三林京子さんのすずめさんがその下にお名前としてあるんですけど、普通に考えると最後の直弟子という形になってますよね、今。宗助さんも内弟子ですか?
宗助  そうです。
聞き手  辛かったですか?
宗助  それは〜、あの〜...
米朝  辛いことはないと思う。というのはね、板場の修行をやってきてるから。
聞き手  ちゃんと外の世界見てきてるから。
宗助  兄さんが年下やということも師匠は気にしてくれはりました。入門の時に「おまはんの上二人が、おまはんよりも年下や。誠に辛いことやけども、それは仕方がないことやさかい」と言ってくれはったんですけど、板前の世界でも年功序列ですから気になりませんでしたね。
聞き手  あんまり失敗のないお弟子さんだったんですか?
宗助  いや〜その〜、大きな失敗してます、ね...。白状しますけど、師匠が京都の南座に出てる時に、ま、自分の言い訳としてはなんですが...、私ら師匠に着物を着せますでしょ。それでいっぺん着た着物を脱ぎはったんです。それが縞もので薄いチャでしたんで、裏表が分かりにくい着物でしたんで、またパッと着せたら裏返しに着てしまいはったんです。でエレベーター乗って袖に行って、出囃子がかかってる時に(師匠が)気が付きはったんですが、もう間に合わん。そのまま出てしまいはりました。えらい怒られました。南座の舞台に、米朝に裏返しの着物着せて出したと、前代未聞の失敗はしてるんでございます。
聞き手  師匠覚えてます?
米朝  そんなことあったか!? 覚えとらん。
聞き手  良かったですね。
宗助  良かったですね、でもここで今言うたから...
聞き手  大丈夫。すぐ忘れます...。もうないですか?
宗助  それが一番大きいですからね(笑)

聞き手  米朝一門は「米」が付いてるか、「朝」が付いてますが、「宗助」さんはどちらも付いていませんが、名前の由来は?
宗助  私が入門して1週間か2週間経った頃に、小米朝兄さんと米朝師匠とお家で飲んではりまして、噺家はネタのシャレをいいながら飲むことが多いもんですから、その時にネタになっていたのが「二番煎じ」という噺で、あれは「宗助はん」というのが出てきますね。でその話をしながらふっと横を見たら私がそこに座ってたんです。そのとき師匠はわりと御酩酊で「お、こいつもう『宗助』にしようか」と言わはって「ちょっとこっちおいで、宗助という字は書けるかい?」というんで書いたら「よっしゃ、もう今日からおまんは『宗助』や。皆、こいつは『宗助』やさかい」言うて、そこでみんなで手締めしていただきまして、(師匠は)ご機嫌で寝はったんですけど、明くる朝、また本名で呼びはるんです。
聞き手  (大笑)
宗助  「師匠、昨日『宗助』という名前を頂いたんですが」と言うたら「ああ、そやったかい」と覚えてはれへんかったと言う...
米朝  は、は〜〜〜〜〜〜〜〜〜(笑)
聞き手  (笑)「は、は〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と言うてますよ(笑)どうですか、『宗助』って、ま僕らはもう耳馴染みになってますけど、最初お聞きした時はやっぱり「なんでやろな」という気はしましたものね。
宗助  始めはよく落語界でも聞かれましたですよ。「どなたのお弟子さんですか」というのと、「歌之助さんのお弟子さんですか」という両方を。
米朝  一門で『助』が付くのは歌之助のほかおらん。
宗助  でも師匠はその頃「東西ともに、『宗』という字が付いてる噺家は、多分わしゃ無いと思う。噺家は皆『二番煎じ』はよう知ってるので、覚えやすい名前やし、わしゃええ名前やと思う」と言うてくだはりました。
聞き手  別に先代『宗助』がいるということはないんですね。
米朝  ないですな。
聞き手  初代「雁次郎」のように大きく名をして頂いて...
宗助  えらいこと言われる(笑)たとえが大きすぎます。團朝兄さんと私とよう言うてたんですけ、もし團朝兄さんと私が弟子取ったら、團朝兄さんの弟子は團十郎で、私の弟子は宗十郎と...
米朝  はぁ〜(笑)
聞き手  成田屋と紀伊国屋になるわけですね。

聞き手  17年おやりになってて、落語がどんどん面白く、それとも難しくなってくるもんですかね。
宗助  両方ですね。
聞き手  非常に真面目な取り組み方ですよね。
米朝  真面目です。
聞き手  話は戻りますが、鶴瓶師匠が、「米朝師匠に似てる、似てる」と電話の声がそっくりやとか言うてますけど...
宗助  師匠の所は内弟子3年なんですが、私の場合は後誰もいなかったのもあって、5年一緒に生活させていただくとそんだけやっぱり似るんですかね。
米朝  これは自分では分からんことですわ。
聞き手  ラジオですから伝わりませんが、師匠の声音をする時にちょっとした仕草などはよう似てはりますよね。
宗助  そうですか?はぁ〜。あまりね、師匠の前でやったことはないですから...
聞き手  そうなんですか?
宗助  そりゃ、師匠を前にしてそんな...。「わしゃそんなんやない」と言われてしまう(笑)
聞き手  癖としては本人に取っては心地よくない所を...
米朝  まぁ、それが一番似てる所なんでしょうな。
聞き手  小米朝さんとか吉朝さんが、髪の毛をわ〜っとかきますよね。後、どんな癖が?
宗助  この頃はあんまりやりはりませんけど、高座でよくやるのが、膝の上に置いた手を、こう、こんなことを...
聞き手  右に体操のように...
米朝  あれはね、方がつまってくるんですよ。だけど、まぁ、たいがいは似て欲しくない、あんまええことないとこを真似するんやな。
宗助  誠に申し訳ございません(笑)
聞き手  師匠どうですか?1人ぐらい師匠のニュアンスが伝わったお弟子さんがいても...
米朝  だいたい師匠にしたら似て欲しないとこが似てしまうもんやな。例えば私の兄弟子の米之助君はうちの師匠によう似てると六代目松鶴あたり皆が言ってました。本人は全然そんな意識なんてないんやけどね。それを見てるとやっぱり師匠としてはあまり心は似て欲しないやろなとみてましたわ。
聞き手  米朝師匠は米團治師匠に似てるということはなかったんですか?
米朝  努めて似ないようにしてた気がする。

聞き手  3年の内弟子が終わって、後2年いはったわけですけど...
宗助  稽古の仕方はそれまでは口移しでしたけども、その後は自分で覚えて聞いていただいて直してもらうというように変わったんですが、ただ外の兄弟子さんよりは聞いて頂く回数は増えますね。得してる部分はあるとおもいます。
聞き手  米朝師匠の所に他の一門のお弟子さんもお稽古に来られてたわけですから、それを聞いてるとまた覚えるわけですね。
米朝  人が稽古してるのをそばで見てるとね、取りやすいですね。
聞き手  そういうもんですか、宗助さんも。
宗助  いや〜、私はどうか分かりません(笑)ただ今のよく分かるのは、やってる本人はどうしても緊張しますしね、シドロモドロになったりしますが、端で見てると冷静に見られますから。
聞き手  よくざこばさんが朝丸時代に米朝師匠にネタをつけてもらってると、枝雀さんが横にいらして「枝雀兄ちゃんが先に取るんやと」(笑)
宗助  「兄ちゃんは汚い」と(笑)よう言うてますね。
聞き手  宗助さんも他の師匠に稽古つけて頂いたこともあると思いますが、米朝師匠と全然違うもんですか?
宗助  僕はよその一門の師匠にお稽古していただいたのはあまりないですね。
聞き手  へ〜。純粋ですね。純血。
宗助  ただうちの一門でも、九雀兄さんとこへお稽古に行くと「あなたは噺の筋とかはだいたい分かってるでしょうから、逆に筋をおってしまう恐れがあるから、そんな稽古はヤメましょう。お芝居のエチュードみたいな稽古をしましょう」と。例えば親子酒なら「あなたが親父となって、帰ってきて好きなことを言ってください。私は息子のおかみさんになって受け答えしますんで、喋り合いましょう」と。でそれを逆転して、何回かやるというような...
米朝  ほー。
聞き手  へ〜。それは宗助さんのことを考えて、いろんな発想もあるでと言う...
宗助  そうやと思いますね。そんなやり取りしてるうちに思いついたギャグやとか、くすぐりなんかが使えるやろということですね。
聞き手  どうなんですか、宗助さんが「このギャグ言うたらウケんねん。でも今やってる世界と違うねん」と
宗助  あ〜、そりゃウケることは言いたいですけどね、そこだけ逸脱してしまうのは恐いとこやですね。
米朝  勝手なまねして、勝手にアドリブで入れたものはウケますねんな。ほならもうそれを必ずそこに入れるようになってしまうんですな。ところがそれがまたね、見事に外されると言うか空振りになることがありますわな。この方が勉強になりまんな。一つの答えが出た時もあるし、全然でないこともある。それは簡単には言えませんけどね。
聞き手  落語が面白いのは同じストーリーを米朝師匠がやるのと宗助さんがやるのとは違うものになって、お客としては笑う所も違うわけですよね。だから逆に言うとなんべんもやれるし、なんべんも聞けるんでしょうね。例えば米朝師匠が60の時のAというネタを、80になって聞くと、この20年間でまた違うものになってるんですから。
米朝  と思いますね。
聞き手  でも最近なかなかお客の方がそういうことを分かってくれなかったり、辛抱してくれなかったりという所がありますから...
米朝  それはすべて演者の責任ですわ。ウケてもウケなくても演者の責任になるでしょう。

聞き手  宗助さんは米朝師匠がお家で飲まれる時はだいたいいつも「宗助来うへんかな」と言われるメンバーのお一人だと聞いてるんですけど。
宗助  米朝師匠がよく仰るのは、米團治師匠のお酒の相手をするのが稽古やったと。
米朝  そうやったんや。だんだん邪魔くそうにもなってきたんやろうけどね。
聞き手  (笑)師匠がよく仰るのは、一緒にお飲みなって出るのは芸談やと。それが一番おいしい酒の肴なんでしょうね。
宗助  そうですね。私ら何が贅沢かと言いますと、例えば講談の面白さはこういう所や、浪花節の面白さはこういう所や、ということを、もちろん高座ではみられないようなことを目の前でやってくれはる。昔の寄席の踊りとはこんな面白いもんなんやというのを、飲みながら立ち上がって踊ってくれはったりということもありました。
米朝  そりゃよっぽど酔うてんのや。
宗助  (笑)
聞き手  (笑)そうですか。
米朝  ちゃんと踊れるわけもないし、地方(じかた)もないしね。でもあの人はこんな振りをしてたとか、そういうことはちょいちょい言うたと思いますね。

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扇子

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